YouTuberゴシップ

【昔】えみりんの芸人時代とは!?声優の経験も?年齢や学校、経歴


エミリン(本名:大松絵美)さんは、
兵庫県明石市に1993年10月4日生まれ。

立命館大学を卒業した後、上京し芸人になります。


今回は、エミリンの芸人時代のお話です。

エミリンが芸人になったきっかけは?

18歳の時、初めてもった将来の夢。それがアナウンサーでした。


元々、アニメとかテレビとかが好きだったエミリンは声を使う喋る仕事ができたらイイな~と憧れ、「よ~し。アナウンサーか声優になろ~☆」と安直に決めたエミリン。

アナウンサーになるべく、大学に行きながらアナウンススクールに通いだします。

さらに地元のミスコン的な「フラワープリンセスひょうご」に応募してみたり、
フラワープリンセス エミリン「有田みかん大使」を務めてみたり、
有田みかん大使 エミリン
アナウンサーへの下積みとして実績を積み重ねる努力をしていたエミリンに、大学3年の頃に転機が訪れます。

大手芸能事務所アミューズの全国オーディションが開催され、俳優・歌手・モデル、バラエティタレントなどなどの募集の中にキャスターの募集も発見。

アナウンサーになるためにテレビ局に受験する事ばかり考えていたけれど「事務所に入ってキャスターの道もあるんだ~☆」とオーディションを受けてみる事に。

オーディションに行くも、すぐに「あっ、ヤバイ。この会場にいる女の子の中で自分が一番ブス!」と気付いてしまい、キャスターなんて絶対落選すると確信。急遽バラエティ部門を受ける事に路線変更するエミリン。

その結果、応募総数約3万2000人の中からバラエティ部門のグランプリになるという奇跡を起こす!

こうしてエミリンは芸人になりました。

エミリンの芸人時代?!

芸人になって必死で頑張るも全く売れず、お金がない。お金がないからバイトする日々。

当時アミューズには先輩芸人が一人もおらず、いわばアミューズ唯一の芸人となってしまう。元々お笑いを目指いしていたわけではなかったので、ノウハウもない・先輩に教えてもらう事も出来ない。売れる予感がしない。

さらにネタを作ったとてアミューズでは披露する場所もなかった。
その為、他の劇場にギャラを貰うではなく逆に出演料(2000円)を払って出演したり、アミューズの強力な力を使い、むりくり出演させてもらったりしていました。

出演料を払うのは永遠の赤字なのでキツイと語られていましたが、コネ出演も他の芸人から「何だあいつ。枠一つ奪いやがって。たいしてウケてもねーのに」という視線が突き刺さり、どっちも地獄だった模様です。

やがて、当時のマネージャーのアドバイス「何かキャラを一個乗っけよう。ゆうこりん的な」を受け、不思議ちゃんキャラでいく事に。
これまで本名:大松恵美で活動していたが、ここから今でも使用している芸名:エミリンが誕生!

テレビ番組『爆笑そっくりものまね紅白歌合戦』『笑ってコラえて』などに出演するも、相変わらず鳴かず飛ばずの日々。
徐々に「私は何をやっているんだろう・・・?」という思いに駆られていく。

結局3年間女を捨てて頑張ってきたが、芸人もアミューズも辞め、普通にOLにでもなる事を決意。

こうしてエミリンの芸人人生は終わった。

エミリンのその後

OLになるべく就職面接に行った先が、UUUM

面接が進む中で、「え、社員じゃなくてクリエイターとしてやればいいじゃん」というUUUM側の提案により、現在のyoutuberエミリン爆誕!

そんなUUUMも今や円満に卒業。フリーとなり現在に至る。

まとめ

そんなわけで、アナウンサー・声優の経験はありません。

エミリンの芸人時代は売れない事は元より、芸人の先輩後輩も一人もいない。事務所違いで芸人仲間もいない。公私共に完璧なピン芸人。これが本当にツラかったそうです。

芸人になるんなら、やっぱり芸人が集まる芸能事務所を選んだ方が絶対にイイという学びを得ました。